第1回東京ヌースレクチャー2013 vol.1 「創造空間の時代へ」

1コマ目前半 10年ぶりの東京ヌースレクチャー

─── 目次 ───

  1. 10年ぶりの東京ヌースレクチャー
  2. NCジェネレーター

1. 10年ぶりの東京ヌースレクチャー

どうも、みなさん、こんにちは。というより、お久しぶり、というべきなのかな。ほぼ10年ぶりの東京でのヌースのレクチャーになります。今日は懐かしい顔も見えているようですね。皆さんお元気でしたか。以前、東京でのレクチャーに参加されていた方って、どの位いらっしゃるんでしょうか?(20名ほどが手を挙げる)――どうもありがとうございます。結構いらっしゃいますね。きょうは同窓会みたいな雰囲気になっているかもしれませんが、久しぶりのヌースレクチャー、思う存分、楽しんでいって下さい。

さて、いよいよ2013年です。ここにいるみなさんは、ほとんど僕の本を読まれた方ばかりだと思うのですが、とりあえず確認させて下さい。これまでに半田広宣の著作を一冊でも読んだことがある方?――あぁ、ほとんどですね。ありがとうございます。非常にやりやすいです。よろしくお願いします。

ディスコグラフィー

図1-1 半田広宣の過去の著作(『光の箱舟』は砂子氏との共著)

今まで出版されたヌーソロジー関連の書籍は米国版も入れると、全部で4冊になります。その一覧をここに出していますが、ご覧になって分かるように、タイトルにはすべて「2013」というナンバーが冠されています。最初に出した『2013:人類が神を見る日』の発刊が1997年なので、僕自身、すでに20年近く前からこの「2013」に照準を合わせ、そして、その「2013」が今、ここに到来しているということになります。去年、スピリチュアル業界では、マヤのカレンダーが2012年12月22日で終わるというので、さては人類の終末か、というすったもんだがありましたよね。1999年のノストラダムスの予言と同じで、世間一般ではこうした終末論もオカルト好きたちの妄想ということ簡単に片付けられているわけですが、僕にとっては2012年というのは、まぎれもなく人類の終末の年でした。そして、この2013年からは新しい力を持った新しいタイプの人間が誕生し始め、人類の終末というのが何を意味していたのかがはっきりと見えてくる。そう確信しています。「おい、半田。そんなものどこにも誕生していないじゃないかよ」という非難の声があちこちから飛んできそうですが、”いいえ、誕生している”んです(笑)。僕自身、この新人類たちが目にする新しい世界を前景化するために、この10年の間ずっと「ヌーソロジー」の構築を続けてきました。ヌーソロジーという名称は、皆さんにはまだお馴染みじゃないかもしれませんね。改めて紹介し直しておきましょう。

今までに出版した本の中では僕が構築している宇宙論のことを「ヌース理論」と呼んでいたのですが、2006~2007年辺りから「ヌーソロジー」という名称に変更しました。理由はいろいろあるんですが、基本的に「理論」と言うと、いろいろと難癖をつけてくる人たちが出てくるんですよね(笑)。結構、ネットやメールなんかで攻撃を受けちゃって、これじゃまずいな、と。「お前は間違っている」「いや、お前の方こそ間違っている」の応酬が延々と続く議論というのは全然生産的ではないですよね。そこで、これが真理だ!!これが正しいんだ!!っていう理論としての露出よりも、多数の人が共有できる霊的思考のプラットフォームを一つの体系化されたモデルとして提出する、という露出で行ったほうがいい、と強く感じ始めました。

OCOT情報が「人間の最終構成」が起こるとしたのが1989年です。実際にその年にはベルリンの壁が崩壊し、それ以来、思想は生気を失っています。2000年代からはいわゆるグローバルスタンダードってやつが猛威をふるい、ほとんどの価値は相対化されてしまって、世の中はこまごまとした人間のおしゃべりで埋め尽くされている。その間、自然はもうボロボロ、あと50年も経てば地球はもう人間の住める環境ではなくなると警鐘を鳴らす科学者もたくさんでてきている。おそらく誰もが心のなかでは人類に生きることの目的を見出させるような「大きな物語」の出現を夢見ているものの、同時に、そんなものが存在するはずがないという諦めの中で、それこそまったりとした日常が続いているわけですね。希望と絶望の相殺。ほんとに不健全な精神状態です。もし人間の世界に再び大きな物語が登場してくるのなら、それは今までに語られたものとは「全く別なもの」でないといけません。ヌーソロジーのロゴにはheterogeniety(ヘテロジェナイアティー/異質性)という単語が入っていますが、この言葉には、これからの時代の思考は今までの思想、哲学が持っていた思考のスタイルとは根底から異なるセンスで行かないとダメ、という僕の決意が込められています。ヌーソロジーの目的は一言で言えば、世界に再び霊性を復活させることです。霊魂は存在する。生きているのは霊であって、物質ではない。そうした霊的世界観を復活させるためには、古代の霊知の復権を標榜するだけでは難しい。近代以降、人間が育んできた自然科学や人文科学の知識をそれこそ消化し切って、それさえも超えて力強く突き進んでいくような新しいタイプの霊的思考が必要なのです。

僕がヌーソロジーを作ろうと思ったきっかけは1985年に起こった超常体験にあります。28歳のとき、ちょうどサターン・リターンのときですね。『人類が神を見る日』では1989年に冥王星のオコツトと名乗る意識存在がアクセスしてきて、ヌーソロジーの構築が始まったと書きましたが、より正確にいうと、その4年前にオリオンのNOMIという存在と最初のチャネリングが始まっていたんです。このチャネリング体験がきっかけとなって「ヌーソロジー」はスタートを切りました。ですから、あれからすでに28年が経ちました。僕もあっという間に56歳です。この28年の間、果たして2013年がやってきたときに自分はどうなっているのだろう?と、ずっと思い巡らしてきました。その意味で、今日のこのレクチャーは、僕にとっては万感募る思いなんですよね。なんせ、この28年間にわたってやってきた自分の中の内なる作業が、今日、ここから外にむけて旅立っていくわけですから。だから、今日は感極まっていつも以上にわけのわからないことを口走って暴走するかもしれませんが、4時間の長丁場、どうぞ、よろしくおつき合い下さい(笑)。

2. NCジェネレーター

従来のレクチャーでは、最初に、その日行うレクチャーのおおよそのあらましを紹介するのが恒例となっていたと思うのですが、今日は10年ぶりということなので、最初にこの10年間、僕が一体何をやっていたか、ということについて少しお話ししておこうと思います。

まず、2003年にレクチャーを休止して、「NC(エヌシー)ジェネレーター」という機械の設計を開始しました。2年ほど機構を詰めたあと、2006年に実際のカタチに仕上げました。

9の機械

図1-2 NC generator ver,2.0(通称「九の機械」)素粒子が持った内部対称性の幾何学をコイル化し、ネゲントロピー的力を持つ波動場を作り出す装置。2011年ヌースコーポレーション製作。

NCジェネレーターの「NC」というのは、僕の本をお読みになった方はご存知のように、「ヌースコンストラクション」の略で、これは人間の無意識構造を空間構造として幾何学的に表現したモデルのことです。

ヌースコンストラクション

図1-3 ヌースコンストラクション 自己と他者の相互反転的な空間認識の在り方を、実際の知覚野に対応させてトポロジカルに表現した図像。

ヌーソロジーのとりあえずの目的は、このNCを人間の認識にメタ知覚として浮上させて、今までの時間と空間に変わる新しい空間を開示させていくことにあるのですが、そのためには意識に反転する力を作りださなくてはなりません。この反転はそう簡単にはいきません。というのも、言葉や知覚、思考や感情のすべてが、人間の意識の今ある構造の中で互いに深い関係を持って構成されているわけですから、そこに反転する力を与えるというのは、並大抵のことではないのです。で、少しでもその方向に力の流れが向くように、その援護射撃というか、誘導のために作った機械がこのNCジェネレーターなんです。このNCは物理学的には素粒子構造ともリンクしていて、物理的変化も期待できるような代物です。つまり、ヌーソロジーは哲学のような単なる思想ではないんです。物質と繋がっている。そこから新しいテクノロジーが出現してくる可能性だってある。そこが面白いところなんですね。

空間認識の反転を通して浮上してくるこのNCは創造空間のプラットフォームとなるものだと考えています。反転した意識によって知覚されてくる空間はもう被造物の空間ではありませんから、NCが認識できるようになった人間はもうかつての人間ではない、と言えます。ヌーソロジーのロジックの中ではそれは「創造者」、すなわち「神」です。しかし、ここに出現してくる神にはもはや支配神のようなイメージはありませんよ。さきほど、オープニングでこのレクチャーシリーズのビデオクリップを流しましたが、その中で「あなた」と「わたし」という言葉がフィーチャーされていましたよね。この新しく生まれ出る創造神というのは、実はこのNC空間に出現してくる「あなた」と「わたし」のことです。創造神というのは双子です。幼き双子の神なんです。まずはこのことをしっかり頭に叩き込んでおいて下さい。

神とは双子の神のことである。

この双子の神の思考がダンスを踊りながら、創造空間の中を駆け巡っていく。NCジェネレーターは、その空間のトポロジー構造をコイルで形態化して、そこに電子を流す、という仕組みでできています。無論、この電子も、ヌーソロジーの文脈においては、もはや今までの電子のように物質的なイメージで捉えられるものではありません。いずれ詳しく解説していくことになると思いますが、わたしたちが電子と呼んでいるものは人間に自我を与えている本質力のようなものなんですね。OCOT情報では「人間の定質」と呼んでいます。つまり、NCジェネレーターというのは、前もって創造空間の幾何学的構成を工学的機構の中に一つの回路としてセッティングして、そこに私たちの無意識の主体の力を電子として流し込み、意識の反転のための先導役をとらせているような機械なんです。何とファンタジック!!いいよね(笑)。それを2006年から製作し始めて、現在まで2度のバージョンアップを重ねてきています。

「七の機械」が2006年、それから2009年に「八の機械」、それから2012年には「九の機械」を製作しました。このプロジェクトは「十三の機械」まで進行させる予定です。「十三の機械」まで行くと、NCジェネレーターの中を流れる電子は水素分子を構成する次元にまで上昇してくると考えています。ヌーソロジーでいう「ヒトの意識(人間の上次元で働いている意識のこと)」が活動する場所の原点に立つことができるようになるということです。そうなると、反転した意識が人間のなかに完全に顕在化を起こし、従来の意識よりも俄然優勢になってくるはずです。

エントロピーの法則というのがあるでしょ。エントロピーは常に増大の方向に向かうというやつ。自然界というのは、時間の経過とともにどんどん無秩序な方向へと向かっている、という熱力学の法則の中の一つです。一般には、このエントロピーの増大則によってこの宇宙は最終的には「熱的死」という状態を迎えると言われています。宇宙の中にもはやエネルギー的な差異が存在しなくなって、すべては死滅状態になる、という考え方です。実はこのエントロピー増大をもたらしている力が、人間の意識の方向だとOCOT情報は伝えてきています。時間の方向と言っていいかもしれない。哲学的に言うなら、人間の意識は生成(創造)とは全く逆向きで働かされているということです。しかし、もし「十三の機械」の回路が僕らの意識の中に作り出されると、このエントロピーがネゲントロピー、すなわち、秩序を生成していく方向へと反転し、この方向の力が物理世界に反映してくるようになります。そうすると、エネルギー問題なんかは一気に解決されるかもしれません。

日本はフクシマの原発事故以降、大変な状況ですよね。エネルギー問題というのは今や世界全体にとって最も重要な案件となっているわけですが、もし、人間に反転した意識が生まれれば、エネルギーを無から作ることが可能になります。空間から無尽蔵に取り出すことができるようになる。原理は単純ですよ。砂時計を思い浮かべて下さい。例えば、3分計で砂が落ちていくとする。砂時計には有限の砂の量しか入っていませんが、ひっくり返せば、また3分、もう一度ひっくり返せば、さらにまた3分、というように、無限の時間が測れます。それと同じです。わたしたちの意識がもしこの反転力を確かなものとしてネゲントロピー的な力の方向性に繋がることができれば、わたしたちはたぶん、質量からエネルギーへと変換されてしまった力の方向性を再び質量へと逆変換させて、それをまたエネルギーとして使うことが可能になります。不増不減。不生不滅の世界です。般若心経の実用化のようなものです。

とは言っても、フリーエネルギーの実用化がヌーソロジーの目的というわけではありません。こう言ってはなんですが、フリーエネルギーなんてものは、わたしたちの欲望が物質的なものへ向かって働いているからこそ取り沙汰されているものであって、霊的な方向へと欲望の質が変われば別になくてもいいものです。ヌーソロジーがフリエネ技術を進めているのは、あくまでも物理的力の本質が霊的な力にあることを、ある意味証明するためだと思って下さい。多くの人が見えない世界の力の存在を確信するためには、今の科学的常識を超えた何らかの奇蹟が出てこないと難しい。だから、新時代の訪れを告げ知らせる一つの福音として、何とかこのプロジェクトを成功させたいと思っているわけです。もちろん、現時点ではフリエネの抽出には全く成功していません(笑)。しかし、いつか日刊工業新聞の一面に「九州の福岡のヌースコーポレーション、ついにフリエネ機関を開発!!」というような記事が載るかもしれません。そのときは「半田があの時言っていたことは本当だったんだ」と思って頂ければ、と思います。あっ、みなさん日刊工業新聞とか読まないよね(笑)。とにかく、個人的には出るまでやり続けます。ちょっと機械の話、長くなっちゃった。ごめんなさい。

それから、2007年だったと思いますが、埼玉にある某大学の学長さんがじきじきに博多においでになって、「うちの大学に来て研究をやりませんか」というお誘いがありました。あのときは本当に嬉しかったですね。ヌーソロジーは出自がチャネリングなので、普通、学識者からはトンデモ扱いしかされません。だから、僕もアカデミックな場所からお誘いがかかるなんて夢にも思ってはいませんでした。ありがたいことに、現在では大学の方でもヌーソロジー研究の場を設けさせていただいています。もっとも研究といっても、ヌーソロジーそのものを全面に押し出してやるわけにはいきません。OCOT情報とか、変換人とか、無理な話でしょ(笑)。ですから、一応、ジル・ドゥルーズというフランスの哲学者の研究ということで、カムフラージュしてやらせていただいています。

ジル・ドゥルーズ

ジル・ドゥルーズ(1925-1995)。フランスの哲学者。代表作にはガタリとの共著「アンチオイディプス」など。

ドゥルーズに関しては、すでに小論もいくつか大学の紀要の方に掲載させていただいているのですが、このドゥルーズという哲学者、たぶん昔のレクチャーに出られていた方は名前を覚えていらっしゃるのではないかと思います。僕が2001年に知っった哲学者です。1995年に自殺しちゃったんですけど。命日がちょうど僕の誕生日なんですよね。だから思い入れも深くて、僕自身このドゥルーズからのバトンを受け継いだつもりでヌーソロジーの作業を行っています。というのも、このドゥルーズが展開した哲学というのが、既存の哲学の中では最もヌーソロジーに近いんです。いや近いどころか酷似している。だから、ヌーソロジーの思考にアカデミックな肉付けをしていく上でも、とても役立っているんです。すごいですよ、ドゥルーズは。たぶん来年の2014レクチャーシリーズで取り上げるかもしれません。そのときはドゥルーズの入門書でも読まれて、是非、参加されて下さい。どこがどうヌーソロジーと重なるのか、詳しく説明していきたいと思っています。

2008年には徳間書店のT編集長のご尽力で、『人類が神を見る日/アドバンストエディション』を出版させていただきました。これは1997年に出したオリジナル版『人類が神を見る日』に新たに100頁近い内容をつけ加え、改訂版として出したものです。しかし、この本、見事にボツりました(笑)。オリジナル版の方は結構売れたんですよ。何万部いったと思いますか?――発刊は1997年です。それからそこそこロングセラーになりました。さて、合計何万部出たでしょうか?――どうぞ。え?5万部?ハハハ、申し訳ない。そこまでは行ってない。5万部と言ったら、いまどきベストセラーです。あの五木寛之さえ、5万部行ったら御の字の時代とT編集長は話していました。それほど今、出版業界は厳しい状況です。ということを念頭に置いて、はい、何万部でしょう?………実質3万部強売れたんですよ。異常でしょ。あの内容で。たぶん、徳間の編集長も再版すれば火がつくと思ったんでしょう。で、『アドバンスト』を出しました。ハイ、初版でコケました(笑)。今思えば新しく付け足した100ページ分の内容が悪かった。理論的な話を付け足したものだから本の強度が落ちちゃったんですね。ちなみに、編集長曰く、本に数式が入ると、売り上げが10分の1に落ちるそうです。残念ながら、『アドバンスト』の方は初版を8000部刷っただけで、今は廃刊になってしまい、ヌースアカデメイアでCDブックとして販売しているのみです。悲しい(笑)。

2009年からは福岡でヌースレクチャー2009を開催しました。以前よりも一回りも二回りも成長したヌーソロジーの姿を、1ヶ月に1回、年12回にわたって紹介していきました。きょうはその模様を収めたDVDを後ろに置いていますので、ご興味ある方はあとで手にとって見られるといいと思います。
で、現在は何をやっているかというと、ヌーソロジーと現代物理学との整合性をもっと精緻に取れないものか、その作業を一生懸命、進めているところです。『人類が神を見る日』や『シリウス革命』に書いた内容には、僕自身の知識が不十分だったこともあって、まだまだ物理学的に不正確な記述が混じっているんですよね。その辺りをしっかりと是正していかないとヌーソロジーをアカデミックな世界に連結させるのは難しいだろうということで、今、一生懸命物理学を学んでいるところです。

これは2009年の福岡レクチャーでもよく参加者の皆さんに言われたことなのですが、最近のヌーソロジーの方向性に不満を漏らす人が結構、多いんですよね。「ヌースは『人類が神を見る日』が出た頃はインパクトがあって、ポップでとても面白かった。最近は、細かい理数系の知識にばかりこだわって、当初のドライブ感がなくなってつまらなくなってきた」ってな感じで。こうした意見は僕もよく分かります。ただ、物質と精神の統合を目指す、とヌーソロジーが唱っている以上、素粒子構造とヌーソロジーが提供してくる次元観察子の概念の擦り合わせは避けては通れないんです。ここはヌーソロジーの基礎の土台となる部分です。ここがしっかり組み上がらないと、ヌーソロジーを新しい世界体系として見なす根拠がどこにもなくなってしまうのです。ですから、執拗に物理学の中に首を突っ込み続けていると思って下さい。ヌーソロジーの心地よいポップさは、またいずれ戻ってきます(笑)

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