「ヌーソロジーから見たシュタイナー思想」レビュー

皆さん、こんにちは。『シュタイナー思想とヌーソロジー』が発売されてから数ヶ月になりますが、もうお読みになりましたか?

本記事は、本書に収められております「ヌーソロジーから見たシュタイナー思想」についてのレビュー投稿になります。
本書は第1部と第2部の二部構成で、第1部は3つのパート(3人の著者による個別のテキスト)から編まれているのですが、「ヌーソロジーから見たシュタイナー思想」は半田広宣さんのパートですね。

このパートではヌーソロジーが自らの思想のうち、明確に説明することができるようになった部分を、シュタイナー思想と比較・照合がされています。ですので、まずはヌーソロジーの基本的な世界観の話から始まり、徐々にシュタイナー思想と合流していく流れになっています。

はじめに物質体、エーテル体、アストラル体、感覚魂、悟性魂、意識魂、十二感覚などについて、ヌーソロジーの視点から説明されているのですが、これらの概念に限らず、全体を通してシュタイナー思想と関連を見出しながら話が進んでいきます。

なかでもエーテル体の具体的な描写は特筆すべき内容です。シュタイナー思想の研究家であったジョージ・アダムスによるエーテル空間を導入にしつつ、ヌーソロジーならではの空間の把握の仕方で、エーテル空間を解釈していきます。

一方で当パートはヌーソロジーの最良の教科書でもあります。種々の概念の説明が懇切丁寧にされており、基礎の説明はもちろん、レクチャーや映像媒体で解説されていたことが紙媒体で解説されたこと(とは言っても、決して単なる焼き直しなどではないことは、著者が執筆当時の最新の思考をもって書かれていることからもお分かりいただけるかと思います)で復習が容易になったことは、ヌーシストにとっては注目される点ではないでしょうか。

他にも特筆すべきことは、一つや二つではなく、いくつもあります。ひとつは、定質と性質についての解説が充実していることです。これまでのどのヌーソロジー書籍よりも詳しく記述されおり、ヌーソロジーについての理解の大きな助けになるでしょう。同時に思形と感性についての記述もより明確になっています(注:定質、性質、思形、感性はヌーソロジーの概念)。また、これらの概念の具体的な解説は、そのままシュタイナーのエーテル体、アストラル体、感覚魂、悟性魂、意識魂、十二感覚の内容と合流しています。

さらに、精神構造としての「元素体」についての記述では、オコツト情報ならではの異質さも味わえますし、加えてヌーソロジーからの解釈も付されていて、とても興味深い内容となっています。なぜ元素体が出てくるのかといいますと、シュタイナーが語る魂が肉体を形成する様子を、ヌーソロジーは元素の内部知覚のようなものではないかと想像しているからです。

また、精神構造としての波動関数や複素ヒルベルト空間、ゲージ対称性についての描写が、私たちの意識の有り様を裏付けるものとして提示されており、これまで解説されてきた内容が私たちの知性で把握できるものであることが分かります。意識と素粒子の関係に興味のある方は必見の内容です。

すべての内容を紹介しきれているわけではありませんが、以上のようなことを含めて、さまざまな観点からの記述が、それぞれに層を形成しており、その層がお互いに作用し合い、思想のダイナミズムを生みだしています。文体が講話のスタイルということもあるからでしょうか、内容はとても深いのですが、表現は滑らかです。

総じて言えることは、これまでのヌーソロジー書籍と同様、当パートも半田広宣さんの文章スタイルは健在だということ、そしてヌーソロジーは確実に進化(そして深化)しているということです。ヌーシストにとっては必読の書といえます。またシュタイナー思想を勉強されている方にとっても、その思想への切り込み方が斬新に感じられるのではないかと思います。ヌーソロジーの文脈も面白く読んでいただけたら幸いです。

文責:太田

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ところで、このパートを読んでみて、個人的には、人間の書であり、人間を知るための書だなあ、という印象を持ちました。

そこでは人間を度外視した世界、精神、霊的なもの、このようなことが語られているわけではなく、人間とともにある世界、精神、霊的なもの、このようなことが語られています。

「汝自身を知れ」の古諺ではないですが、私たちは私たち自身について、知っているようで何も知らないのかもしれません。私たち自身について知ることは、自我を知るということでもあります。しかしながら私たちが自我であるのなら、いったい誰が自我を知るというのでしょうか?

読みながらも他にもいろんな疑問が出てくるかと思いますが、その疑問を解くヒントも本書に散りばめられていますので、何度も読み直したい本ですね。