『ワンネスは2つある』レビュー

「別のもの」へと変容することは、変容以前のアイデンティティーからすれば戸惑いがつきまとう。
たとえば、田舎の車通りのない真っ暗なトンネルに初めて入るとなれば、それが昼間であっても戸惑いを感じるだろうし、あるいは部屋にこもっていたいのに反して、無理やりカーテンを開かれて光が差し込んでくるは苦痛であったりもするだろう。状況は人それぞれで違うにせよ、今いる環境にすっかり馴染んでいるのに、全く未知の環境に行きたいと思うことは稀だ。

この本は「別のもの」たちについて語ったものである。いったい何と別のものなのだろうか?それは「一神教精神」とは別のものだ。
一神教はユダヤ教やキリスト教のことだが、著者の川瀬統心氏自身、20代半ばまでは熱心なクリスチャンだった。しかし彼の内在への探究心は、彼をキリスト教の信仰生活にとどめておかなかった。彼の関心は次第にインド・ヒマラヤ教、仏教へとシフトしていったのだが、しかしこれらが「別のもの」だったというわけではない。まだまだ内在への探求は続いたのだ。

本書の冒頭は、著者の入院経験の話から始まる。当時アトピーを患っていた彼は西洋医学に頼らずに自然治癒での完治を目指していた。しかしアトピーとヘルペスの合併症が発症し、症状がひどく悪化したため、やむなく病院へと赴く。その病院の治療方針は明瞭で、西洋医学と東洋医学のそれぞれの特性を理解した上で的確に処置を施していたので、彼は長年のアトピーの苦しみから解放されたのだが、そこで彼は大きな気づきを、「一神教精神」が私たちの生活基盤そのもののようにして機能していることを、そしてそこに潜む問題点を見いだす。

しかしそこでは単調な、一辺倒な批判が展開されるわけではない。著者は純粋な「一神教精神」の理想に対する理解も十分に示している。その一方で、そこから派生する問題を見逃すことも到底できない(だからこそ彼の探求は続いていた)。そして彼が見つけた答えが「別のもの」だった。

別のものとは……?

この別のものについての語りはヌーソロジーに依拠しており、本文でも惜しみなくヌーソロジーについて言及されている。とくに第3部からは統心氏によるヌーソロジー初心者講座と呼べるものにもなっている。ヌーソロジーで肝心となるは空間認識にあるのだが、このところを統心流のアレンジを施して解説されている。

本書の想定している読者層の窓口は広いと思われるが、表紙の文言【新説・精神世界史講座】とあるのからして、主に精神世界を勉強されてきた方に読んでいただくことを想定しているようだ。そういう人が読むと、読みやすい題材が多く挙げられている。私のような精神世界に疎いものでも読むことができたが、それは本書がヌーソロジーというバックグランドを持っているからだろう。

ヌーソロジーに初めてふれられる方は第3部で戸惑いを感じるに違いない。しかし部屋にこもることに飽きて外に自ら出て行く人のように、第2部まで読み進めた読者は、ひとつめのワンネスにとどまることに飽きて、もうひとつのワンネスの場所へと赴く気になるかもしれない。そうやって第3部を読んでみると、そこに描かれる風景がこれまでの精神世界で言われてきた事柄やイメージとは全く異質だという感じを受けるだろう。それこそが「別のもの」、「もう一つの」ワンネスの持つ異質さなのだが……。

文責:太田

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