■待ち人、来らず

君は誰を待っているんだ?君に幸せをもたらしてくれる理想の恋人か?それとも君をリッチにしてくれる足長おじさんか?別に用もないのに、精一杯のオシャレをして街に出かけて行っては、誰か特別な人が現れるのを心待ちにしている君。一人でカフェに入って読みたくもない雑誌に目を通しながら、誰か特別な人が声をかけてくれないかと仄かな期待を抱いている君。本屋やブティックを覗いて回っては、いつも横目づかいで誰か特別な人が通り過ぎはしないかと、非日常的な奇蹟を探している君。街中をそこらじゅう歩き回って、ちょっぴり疲れた君は、そんな自分に嫌気がさして、ようやくこうつぶやく。

「バカみたい。」

だけど、そうやって我に返ったとしても、心の中にぽっかりと開いた穴はなかなか埋まることはない。―わたしの心はこんなに愛で溢れているのに、それを誰とも分かち合うことができない―そのことが君は悔しくてならないのだ。空回りする情熱。裏切られることがほとんどで、人を信じたくても信じ切れないという葛藤の中で、お決まりの空虚感だけがまるでカレンダーの日曜日のようにスケジュール通りめぐってくる。ふぅーっ、と、ため息をつく君。人ごみでごった返す夕暮れ時の駅で、君は今日も帰りの切符を買おうと虚ろな目をして列に並んでいる。

考えてみれば、誰の人生も同じようなもの。待ち人なんてやってきたためしはない。いや、よくよく考えてれば、誰を待っているのか自分でも分からないのだから、たとえお目当ての彼・彼女がやってきたとしても、たぶん気づかないのだ。そして、人は思う。何てつまらない人生。何て無意味な人生。わたしは何のために生きているの、と。そうこう繰り返しているうち、他人を傷つけたり、他人に傷つけられたり。心の疲れはついにピークまで達し、人は今度は何かに癒されたいと思い始める。―幸福をくれだなんて、そんな贅沢は言わないわ。せめて、この心の苦痛を和らげてほしいの―しかし、それとて同じこと。受け身で生きている限り、願いごとは叶わない。思えば、人は自分がこの星に生まれてきた理由も知らない。ただ、この地に生まれ落ちて、自分ではない知らない名前をつけられて、その知らない名前に合わせるように生きるように余儀なくされ、それを自分と思い込まされている。傷ついているのは本当のわたし?それとも、名前のついたわたし?何が傷ついて、何が癒されるというのか?癒されることを望んではだめだ。そう思っている限り、癒しが訪れることなんて決してない。残酷なようだけど、待ち人なんてやってきたためしなどないんだから。

■ナルシスとエコー

神話の話をしよう。君もよく知っているあの美しい少年の話だ。ナルシスは水面に映し出された自分の影に恋をしていた。もちろん、彼はそれが自分であることを知らなかった。彼は寝食も忘れ、その少年に見とれ続けている。こんな哀れなナルシスを傍らで見つめながら、一生懸命、一途な愛を捧げている一人の少女がいた。名前はエコー(こだま)という。エコーはその想いをナルシスになかなか伝えることができなかった。というのも、彼女は女神ヘラの呪いによって、人の言葉をただ単にオウム返しのようにしか繰り返すことできなかったからだ。君は誰?と聞くと、君は誰?君が好き、と言うと、君が好き。君が嫌い、と言うと、君が嫌い。こんな調子だからナルシスはエコーに魅力を感じない。でも、エコーはどんなに邪見にされても、ただありったけの想いを込めてナルシスを見つめ続けた。地球の周囲を廻りながら絶えず見つめて続ける月。単調だけどなくてはならないもの。。。それにしても、なんて愚かなナルシス。こんなにいい子がいつもそばに寄り添っていてくれているにもかかわらず、ナルシスの頭の中には、鏡の中に映った自分の姿でいっぱいなのだ。

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