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あらゆる創造が一なるものから二なるものへの分離から始まるように、いま新たに起ころうとしている創造も、またある種の分離から始まる。その分離は光と闇の分離というよりも、むしろ闇の中の光と光の中の光の分離、または順光と逆光の分離とも呼べるような光の二元化のことである。
君の中で眠っているこれら2つの光を発見すること。
そして、できれば、この2つの光の双子たちの性的関係にまで思いを馳せること。
それによって4つの光メルカバーの車輪が生まれ、君は君自身にとってのイエス・キリストへと変身を遂げることになるだろう。
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■終焉の光と始源の光
わたしの名はマスター・オファニム・エノク。大いなる父の光を受容する者である。わたしがハータック博士に伝えた知識のうちで最も基本的な内容について、いまから再度、君たちに伝達しておこう。それは創造の終わりと始まりの結節にかかわる光の分光学についてである。光には終焉の光と始源の光とがある。この2つの光の存在が世界の臨在を可能にしているのだが、君たち人間はまだ終焉の光しか知らない。まもなく大いなる父の計画によってこの宇宙は新しい創造を開始する予定だが、わたしの務めは、この計画の一環として、この終焉の光を始源の光へと変換することにある。わたしは、ハータック博士にこれら両者の接合が作り出す幾何学的な仕組みについて、そのビジョンのいくつかを伝達した。ハータック博士はそれらを彼の学識の範疇から「重力円錐」や「化学・電気二重結合」という言葉で表現しようとしたようだ。もちろん、こうした翻訳は間違ってはいない。しかし、地球で使用されている物理学の言葉は得てして君たちのイマジネーションを物質的な世界イメージの中へと閉じ込めてしまう恐れがある。重力や電気力といった物理的な力を霊的な力の精巧なホログラフィーという意味で語るのであればそれは全く問題ではない。しかし、霊的な力が作り出しているアクシオトーナルラインのビジョンが君たちの意識に十分に形成されていない状態では、物理学的な表現はわれわれの思惑とは逆に、霊を物質のホログラフィーとして逆射影させてしまう危険性をも孕んでいる。君たちの思考力がそのようなネガティブな反転力に絡めとられないようにするためにも、物理学的な言葉を霊的世界のパースペクティブに使用するときには細心の注意を払うことが必要だ。われわれが現在開始している作業において、このような負の反転力の発生は不可避のものではあるのだが、そうした錯誤に基づく不幸は最も最小限なものに押さえなければならない。ここに送る補完メッセージがそのような不幸を少しでも除去させるのに役立つのであれば幸いである。
■物質光とエーテル光
魂の分光学を学ぶ際においてまず押さえていなければならないことは、光には7つの種族が存在しているということである。もちろん、この7つの種族は君たち人間の意識を活動させている七段階のアクシオトーナルに由来するものだが、君たちがまず学ばなければならないのは、第1と第2のアクシオトーナルを形成している光についてである。われわれはその最初の2つの光のことをそれぞれ"地球光(ジオライト)"と"月光(ルナライト)"と呼んでいる。君たちに馴染みのある言葉を使えば、それぞれ物質光とエーテル光と呼べるだろう。この両者はさきほど触れた終焉の光と始源の光の言い換えでもあり、物質光が終焉の光、エーテル光が始源の光に対応している。
物質光とは、いわゆる君たちが外在世界において見ている光、つまり地球の物理学者たちが秒速30万キロメートル/秒という早さで疾走していると考えている通常の光のことを指していると考えてもらえばよい。なぜこの光が終焉の光と呼ばれるのか君たちにはすぐには理解が及ばないかもしれない。というのも、地球の物理学ではこの光こそが万物の生成の元となったエネルギーとして語られているからだ。だから「光あれ!」というあの創造の元初において放たれた父ヤハウエの号令も、宇宙の始源において起こったとされるビッグバンが放つ巨大な閃光のようにイメージされてしまっている。