第1回東京ヌースレクチャー2013 vol.1 「創造空間の時代へ」

4コマ目後半 科学主義と宗教主義を超えて

─── 目次 ───

  1. オリオン・シリウス・プレアデスの働き
  2. おわりに――未知なる子どもたち

1. オリオン・シリウス・プレアデスの働き

そして、先ほども言ったように、そういう存在史レベルの意識の反転が、実は6500年毎に起こっているんですよ、というのがオコツトの伝えてきた情報です。そこで起こっている反転の秩序を簡単に図示しておきましょう。

オリオン・シリウス・プレアデスの働き

図4-2  オリオン・シリウス・プレアデスの働き

まず、左端の図が、意識がNOS先手で流動しているプレアデスの領域です。先行する力の流動性を実線の矢印、その反動として生まれてくる力の流動性を破線の矢印で描いています。プレアデスの場合は赤(NOS)が先手で青(NOOS)が後手になっているのが分かります。ブレアデスの領域では意識が時空の中に侵入し、そこに物質意識を作り出していきます。ヌーソロジーでは「付帯質の外面」とも呼びます。

次に、中央の図が、意識がNOOS先手へと反転し逆方向に向く領域です。青が先手で赤が後手に変わっているのが分かりますよね。この次元領域のことを同じくヌーソロジーでは「付帯質の内面」と呼びます。ここがシリウスの支配している世界だと考えて下さい。

この回転運動の中心点に当たるのが、オコツト情報が「重心(じゅうしん)」と呼ぶところです。(プレアデスの図の円の中心を指し示して)。

重心

この「重心」という位置はオコツトたちにとっての「神」の定義に当たります。「変換の中点」とも呼ばれています。図のイメージからも想像できるように、力の流れの方向性をちょうど蝶番のようにしてパタンパタンと変えていく部分です。ここで意識の流れを作っているヌース(青)とノス(赤)が対称性(等化)を持つように変換されていくわけですね。

      

プレアデスの働き

図4-3  プレアデスの働き

では、ここでプレアデス領域の部分を拡大してみましょう。この図のように、人間の意識世界においては付帯質(赤の流れ)の力が先手を取って動いています。この力の流れのことを「反定質(ハンテイシツ)」と呼びます。反定質というのは定質の力が逆さまに働いている、と言ったような意味です。そして、この反定質に対して、精神(青の流れ)が後手として働いています。この後手化した精神の力の流れのことを「反性質」と呼びます。反定質と反性質の関係は、分かりやすく言うなら、物質的な意識と霊的な意識の関係です

この反定質の流れは、私たちの歴史的時間の流れにも対応していて、OCOT情報によれば、人間の歴史は反定質の流れに沿って発展してきたものとされています。この流れは人間の時間感覚として約6500年の間、続くそうです。そして、そのとき同時に私たちの霊的意識の流れの方も6500年の歴史の経過とともに裏で発達していっています。ただ、この霊的意識側の発達は潜在的なものとして沈み込んでいるので人間には分かりません。人間の意識がこのプレアデスにおける6,500年を経験すると、反定質の流れの終点が反性質の流れの始点に接触し始める場所に「人間の最終構成」という働きが生まれてきます。

人間の最終構成がやってくると、重心は今まで後手側として働いていた人間の無意識(青の流れ)を顕在化させる方向に反転させてきます。それが「シリウス」の次元だと思って下さい。シリウスの次元に入ると、今まで反映としてしか働いていなかった霊的意識が明確な方向性を持って構成されてきます。この力のことを「定質(テイシツ)」と言います。読んで字のごとく、次元をきっちりと定める力を人間の霊的認識のもとに露わにさせてくるということですね。人間の意識がこのフェーズに入ることを「覚醒期」と呼びます。定質の発生によって意識は「付帯質の外面」から「付帯質の内面」へと移行を開始します。つまり、プレアデス次元とシリウス次元との関係は、高次元認識の中では外面から内面への反転といったように、幾何学的な認識として見えているということです。いずれ皆さんにも紹介していきますが、これはものすごく巨大な幾何的多様体になっています。この反転によって、今まで埋もれていた潜在的なものが人間の意識にも浮上してくることになります。

シリウスの働き

図4-4  シリウスの働き

みなさん、スピリチュアル関連の話なんかで「今からムー大陸が再び浮上してくる」なんて話を聞いたことありませんか? それは、このことだと思っていいですよ。失われた大陸の浮上と言っても、太平洋のど真ん中に本物の大陸がぐわーっと浮かび上がってくるんじゃなくて、今まで潜在的なものとして沈み込んでいた霊的な無意識領域が、人間の意識に再び浮上してくるということです。その動きが開始されるのが2013年だとOCOT情報は言っています。

そして、ここがちょっとイメージするのが厳しいところでもあるんですが、この定質の流れを作るシリウスの次元も6,500年ほど続くと言っています。ただシリウス次元自体には私たちが感じるような直線的な流れを持つ時間は存在しておらず、時計の時間やカレンダーの年月は存在しません。しかし、この定質の流れに乗れず性質側を先行させた意識側には時間はあります。確か『2013:人類が神を見る日』では、この性質側の領域のことを「シリウスB」と書きました。シリウスの次元はシリウスAとシリウスBというふうに二つに分かれます。定質側がシリウスA、性質側がシリウスBです。つまり、人間の最終構成が起こっても定質側への反転を起こさずに、そのまま性質側を先手に持って働きつつける意識もあるということです。いずれにせよ、人間の意識がここで二つの方向へと分離してしまうわけです。

覚醒期(シリウス)の次元においては、を先手とする意識と、を先手とする意識に分かれる

「宇宙は分離で始まった」という、錬金術師パラケルススの有名な言葉がありますが、まさに「人間の最終構成」とは新しい宇宙の始元のことでもあり、それは分離から始まるということです。この分離が何を意味するかについてはまた追々話していきましょう。

さて、シリウス領域に入った意識は、定質の流れの中で次元をゆっくりと覚醒させていきます。6500年経って、シリウスの次元の力が完全に充実し切ったら、今度はここで「ヒトの最終構成」というのが起こります。これは「シリウス次元の最終構成」です。さっきはプレアデス次元の最終構成でしたが、シリウスが最終構成に入ると、意識は今度はオリオンの方向に向きを向けます。図にするとこんな感じです。

オリオンの働き

図4-5  オリオンの働き

ここで、先ほど来話してきた「ユダヤ的なるもの」との関係がはっきりわかってくるのではないでしょうか。シリウスがオリオンへと方向を向けるわけですから、(オリオンの図で右の内側を半周した青の流れが左の外側の半周へと入る軌跡をたどりながら、)ここで定質(右の内側の半周)として働いていたシリウスの力は、シリウスの最終構成によって方向転換を行い、今度は「付帯質の外面」の上次元に当たる「精神の内面(左の外側の半周)」へと方向を向けてきます。ヌーソロジーでは「精神の内面」へと方向を向けたNOOSの流れのことを「ヒトの思形(シケイ)」と呼びます。この「ヒトの思形」が生まれてくることによって、シリウス領域で活動していた定質と性質との間に激烈な構造変動が起こります。

NOOSとNOSにおいては基本的に青(NOOS)が先手です。ですから、NOOSがシリウスから精神の内面へと侵入していくときも、当然NOOSの方が先手として働きます。しかし、この先手の力はシリウス次元で働いていた性質側にも働きかけてきます。つまり、本来シリウス次元では定質が先手で働いていたにも関わらず、このヒトの思形の力が性質側が先手に持つように、クレンとシリウスでの力関係をひっくり返してくるわけです。それによって当然、正常なシリウスの力の秩序は破壊されてしまいます。

調整期(オリオン)の次元において、NOOS(青)はNOS(赤)を先手とする働きを内部に誘導する

もう分かりますよね。人間が物質意識を先手に持った存在として生まれてきたのは、この図でも示しているように、シリウスがその方向性を「精神の内面」方向に向けたのが原因なんです。それによって、本来、後手で活動すべき性質が先手で動くようになってしまった。その力の流れをOCOT情報は「反定質」と呼んでいるということです。「反定質」とは言い換えるなら、人間の意識の発生です。そういうストーリーになっている。

ここOKですか?とりあえずは、力の流れの関係だけ整理できればいいです。シンプルてすがほんとによくできてる。つまり、わたしたち人間は、もろ意識のダブルバインドを食らってるってことなんですね。上次元の進化に従って動こうとすると、上次元へと向かう方向性から離れていく。一方、逆に上次元に向かおうとすると、今度は上次元に引き摺り下ろされる。「おいおい、一体どっちに行けばいいんだよぉ〜」みたいな形で、意識が右往左往、拮抗する仕組みになっている。さっき、僕は精神的な個と社会的な個の話をしましたよね。それもこの意識のダブルバインドシステムの産物です。シリウスからオリオンに向かおうとするヒトの思形の流れが、私たちの物質的な意識をつくっていますが、同時に人間はシリウスの方向へ向かおうとする反対の意識の流れも反映として持たされています。OCOT情報は、人間をシリウスに方向付けている大元の働きのことを「ヒトの感性」と呼び、それが人間の「こころ」を作っていると言っています。つまり、私たちが本当に進化すべき方向はこころの方向に方向付けられているということなんです

こころの方向に方向付けられている

ここが重要です。ただ、人間という存在は物質意識が先手なので、大方の場合こころが負ける。ですよね(笑)。こころが表に出てくることができない。僕が「潜在的なもの」と言っているのも、この「こころ」のことです。それが一番わかりやすい表現かな。

それにしても、ほんと意地悪なシステムです。上次元は進化していくために、わざと自分の半身に当たる「性質」に負荷をかけ、逆さ吊りにしている。そして、この逆さまになった存在のに投げ込まれているのがわれわれ人間という存在なのです。

この話、何かに似ていると思いませんか?実は、日本の神話にすごく似ている。イザナギとイザナミの国産みの話を皆さんもご存知でしょ。イザナギとイザナミは国産みをするにあたって、天御柱(あまのみはしら)の周りを互いに回ります。最初、イザナミが先に声をかけたために国産みがうまく行かずヒルコが生まれちゃう。でも、二度目はイザナギが先に声をかけたのでめでたく国産みに成功する、というお話。ヒルコとは骨のないグニャグニャした体を持った奇形児のことを言いますが、これって、宇宙の真理が見えず、きちっとした価値の骨格を持たない、まさに今の人間を表していると言えませんか。構造自体がそっくりです。実際、OCOT情報は次のように言っています。

「イザナギとは定質、イザナミとは性質のことです」

「イザナミが先に声をかける」とは、赤(NOS)が先手となった物質意識の状態をさします。だけど、それでは国は生まれない。だから、今度は青(イザナギ)が先手で動き出す。 これが付帯質の内面の覚醒に当たります。神話では、そこからアマテラス、ツキヨミ、スサノオの三貴子が生まれてくるとされますが、ヌース的にもこのシリウス領域は太陽の生成と関係してきます。この辺りについても、いずれ物理的の話をするときに詳しく説明しようと思います。とにかく、神話とも無関係ではないということ。そこも押さえておいてください。

今日のこのプレアデス・シリウス・オリオンに関する話は、あくまで大まかなイメージを図式化して紹介しているだけなので、より細かい分析を行っていけば、いろいろな発見がまだまだこの図式から出てきます。神話の構造は元より、認識論や存在論といった哲学が思考している世界の構造、さらには科学が語る物質の構造や生命の構造、とにかく様々な知の分野に当てはめることができて、非常に面白い図式になっています。それらの具体的な内容についても、いずれこのレクチャーシリーズで取り上げていこうと思っています。

ということで、プレアデスとシリウスとオリオンという各意識次元の働き、何となくでもいいのでそれなりにイメージが作れたでしょうか?――ほんと、アバウトでいいですよ。今日はまだ第一回目ですからね。この辺で質問などがあったらして下さい。どなたか、ありませんか?。

Q, 今説明されていた意識の流れに関してなんですけれど、易とも関係があるように思えるのですが、易に関してはオコツトは何か言っていますか?。

A, 僕自身に易の知識がないんで、オコツトは易に関して何も言っていないですね。質問しないと答えてくれないので(笑)。すみません。でも、易のみならず、東洋占学の体系全体とも深い関わりがあるんじゃないでしょうかね。

易(えき)
古代中国の占筮(細い竹を使用する占い)の書である。符号を用いて状態の変遷、変化の予測を体系化した古典。古代中国の哲学と宇宙観の集大成。(ウィキペディアより抜粋して引用)

他に質問ありませんか?

Q. 6,500年×4と書いてあったのに、なぜオリオン・シリウス・プレアデスの3つしかないんでしょうか?

A. 今、最後に取ってつけたように説明したんですけれども、6,500年×4の4番目はこの思形が赤で示したNOS側に入ってきて、NOOSとしての青に変えていく6,500年に当たります。この領域のことをヌーソロジーでは「精神の内面」と言いますが、この精神の内面における意識の流れが完成したところがオリオンだと思って下さい。整理するとこんな感じです。

  1. 付帯質の外面領域………6,500年
  2. 付帯質の内面領域………6,500年
  3. ヒトの思形の領域………6,500年
  4. 精神の内面の領域………6,500年

ここで何が言いたいのかというと、この思形(ヒトの思形)という力、シリウスがオリオンへと方向を向けている力のことですけれど、それによって物質的な意識が生まれ、人間の歴史的なものが始まっているということなんですね。だから、基本的には、この「ヒトの思形」が人間の意識に時間意識を送りこんでいる力になります。

私たちは人間の文明の発展を進化と呼んできたわけですが、これは当然存在の進化のプロセスでもあるわけです。というのも、シリウスからオリオンの方向へ意識の方向性を向けたヒトという存在の進化のプロセスに合わせて、人間の文明の進化・進歩というのが生まれてもいる。だから決して今までの物質文明の歩みというものが間違っていたとか、そういう話ではありません。ヒトが人間の歴史を進化させてきて、何をやろうとしてきたのかというと、おそらく個というものを確立させたかったんだろうと思います。人間の個体意識の立ち上がりです。近代になって、人間にはコギトというものが内蔵されて、それぞれ程度の差こそあれ、近代的自我というものが立ち上がってきているわけですよね。それはデカルトの「われ思うゆえにわれあり」という言葉に象徴されている。このコギトの完成を目指して送り出されたものがヒトの思形のことだと考えるといいと思います。自己意識というものまずは確立させ、それによって、ようやく霊的覚醒の準備が整うということです。

ということは逆に、最終構成から先は「もうコギトでは立ちゆかなくなりますよ」ということでもある。そこで、その先、ヒトの思形はどのように動いていくかというと、精神の内面性への方向を、ダイレクトに精神の内面への侵入へと変えていく。このオリオンの図で言うなら、青で示したヒトの思形が、今度は中心の重心に入り込んで、そこから付帯質の外面として働いていた赤の領域を精神の内面へと変え、青に塗り変えていく………。

このことの意味はまだ分からなくて構いません。ここて何が起こるのかというと、さっき僕は救済の話をしました。赤(NOS)が青(NOOS)に変えられていくというのは、ヌーソロジー的には一種の救済に当たります。今まで時間と空間の世界で意識を働かせていたのに、何かそこに突如として新しい天使の着地が起こる。それこそきょうのベンヤミンの話じゃないですが、そこで楽園から吹きつけていた時間の風が止まって、天使が羽を畳んで地上に降りられるようになるわけです。付帯質の外面が精神の内面へと変わることはそういう出来事を意味しています。つまり、ヒトがシリウスの反対側で働いているもう一つの精神を見い出すということですね。

この発見によって、ヒトは自らの精神構造に捻り見出します。この捻りは自己意識と他者意識の間にある構造的ねじれと同じものです。つまり、今まで「わたし」と「あなた」の関係だったものが、そのまま「あなた」と「わたし」のような関係のねじれを作って、両者を等化する運動がここで起こってきます。この図をよ〜く見ていると分かってきますが、「わたし」の救済は「あなた」のもとから流れ込んでくるようになっています。それは他者側にとっても同じです。煩雑になるのでここでは示していませんが、自己と他者ではNOOS(青)とNOS(赤)の関係が最初っから真逆に構成されているんですね。ですから、この「ヒトの思形」の精神の内面への侵入も双対で起こっていて、互いが双方から捻れを作って同化していくようなカタチになっているのです。OCOT情報はこの局面のことを「ヒトの意識における次元交差」と呼んでいます

おそらく、オープニングビデオを作ってくれた福田さんにもこのイメージがあったんだと思います。DNAのアニメーション映像をバックに「わたしとあなたの狭間に世界が生み出される」ってテキストが入りますよね――あれ、僕のフレーズじゃないですよ。福田さんのフレーズです。DNAの形が象徴しているように、創造の活動は、「あなた」の霊と「わたし」の霊があたかも組紐を編むようにして、ねじりながら進んで行きます。そうやって自己精神と他者精神の間を延々と等化していく精神の働きが、物質として投影されているのがこの自然界なんです。だから、あなたの元にたどり着くためには、私たちは物質が指し示しているこの創造のルートを精神によってトレースするようにして進んで行くのが望ましい。そういう話になっている。となると、物質というのはもう愛の存在証明のようなものですよね。倫理的なものなんです。倫理そのものの在処と言ってもいい。ただ、目の前に転がっているわけじゃない。人間がそのビジョンに達することが、物質世界に霊が舞い降りることの意味だと思いますよ。キリスト教で言うなら、これはペンテコスタ(聖霊降臨)ですね。ペンテコスタは近代にもソロヴィヨフの思想の中に受け継がれています。ソロヴィヨフは19世紀のロシアの思想家です。

V・S・ソロヴィヨフ(1853-1900)
19世紀ロシアの哲学者、文明批評家、詩人。父は歴史家セルゲイ・ソロヴィヨフ。ソロヴィヨフの根本傾向は「普遍主義」であった。(ウィキペディアより抜粋して引用)

彼は非常に不思議なことを言っていて、物質に対して「母の物質」という言い方をするんですよ。「マリア・マテリア」というやつです。僕も『シリウス革命』に書いたんですけれど、この「マリア・マテリア」の誕生のことを、神学用語では「アポカタスタシス」と言うんですね。ソロヴィヨフはこのアポカタスタシスを近代に復活させたことで有名です。

アポカタスタシス

この「アポカタスタシス」という言葉は、ふつうは「万物復興」というふうに訳されています。万物が命を吹き返すといったような意味です。まぁ、その意味では、今は、万物は死んでるんです(笑)。皆さんはホメオスタシスという言葉はご存知ですよね。日本語では「恒常性」と訳されますが、エントロピー増大の法則に支配されている物理世界の中で、常に秩序立てられた状態を保とうとする生物が持った性質のことです。ホメオは「常に」、スタシスは「生成」の意味です。アポカタスタシスのスタシスも語源は同じです。「アポスタシス」と「カタスタシス」を合体させた言葉で、「アポスタシス」は「上への生成」、「カタスタシス」が「下への生成」という意味です。上昇する霊と下降する霊、双方の働きによって自然の生成というものが起こっている、そのような意味と考えていいと思います。ヌースのいうNOOSとNOSのイメージに近いのが分かります。

ソロヴィヨフのいうアポカタスタシスとは、そのような聖霊たちの運動が地上のあらゆる物質の上に舞い降りることを意味します。自然の中のあらゆる物質的活動の中に、聖霊たちの活動が重なり合って見えてくる状況と言ってもいいでしょう。アポカタスタシスが起こると、物質世界はマリアの物質になるとも言われるのですが、そのような知覚が人間に現れてくる世界がシリウスの世界だと思って下さい。その状況を従来の神学のように、単に言葉で詩的に表現するのではなくて、論理と思考によってイメージ可能なものへと変えていく作業、それがヌーソロジーです。その意味で言うなら、今日している話はそのほとんどが前振りです。もちろん、ヌーソロジーの解説にはなっているのですが、でも、ヌーソロジーのヌースとは最初に言ったように能動知性のことですから、この世界内部空間の中へ意識経験として入っていかなければとても能動的とは言えません。この世界内部空間についてリルケが美しい文章を書いているので、紹介しておきましょう。ちょっと読んでみますね。

リルケの手紙

変形=トランスフォルムのことですね。さすが詩人です。表現が美しい。まあ、こういうことなんですね。このトランスフォルムを結構していく者たちがヌーソロジーのいうトランスフォーマーです。

トランスフォーマーとは

地上の事物の本質を私たちの内部に「眼に見えず」再び立ち上がらせることを使命として生きる者たちのこと。

まさに、リルケが表現するこの言葉がトランスフォーマーのイメージになります。地上の事物の本質を私たちの内部に「眼に見えず」再び立ち上がらせること———— 万物の中に霊を顕現させることとは、このような作業でなければなりません。目に見えるものを見えなくさせ、目に見えないものを心眼に見えるようにさせること。これはほとんど芸術の目的でもありますね。だから、ヌーソロジーは思想のスタイルをとってはいるものの、一つの表現活動でもあるんです。つまり、芸術だということ。本来、芸術に携わる人たちには、こうした精神を持っている人たちが多いと思います。科学が空間を物質的な方向へと閉じ込めようとするのに抗って、芸術は、それこそ今日話した「サムライ(守人)」として、空間の持つ霊的ポテンシャルを守り抜こうとする。おそらく真の芸術家はそのことを常に自覚しています。芸術が守ってきたこの創造的空間を知性と合体させ、目覚めさせること。それが能動知性としてのヌースの役割です。

 おわりに――未知なる子供たち

きょうもあっという間の―――4時間でした。では最後に、ヌースアカデメイアの公式サイトからのメッセージでもある「未知なる子供たち」という詩を読んで終わりにしましょう。みなさん、今日は長時間、ほんとうにどうもありがとうございました。(拍手)。

未知なる子どもたち

未知なる子どもたちを育てていくこと--。
これがヌーソロジーの作業目的である。
この目的の成就のためには
「空間を観る」視力を養うことが必要だ。
空間はその不可視性のゆえに、
長い間、僕らの思考の対象とはならなかった。
しかし、
20世紀の哲学が存在者から存在へとその思考の歩みを進めたように、
僕らは今、
見る対象を物質(見えるもの)から空間(見えないもの)へと
転換する時期にきている。

空間は精神の海だ。
無意識の場所とも呼べるこの海の中には、
神々たちの思考物が渦巻いている。
それを見るためには、僕ら自身が時の神トートとなって、
時計の針を止めなければならない。
時間には歴史という神霊が取り憑いており、
その歴史の中には
幾多のゴーストたちが人間を食料として生息している。
思考を停止させる宗教。
言葉を劣化させる哲学。
知覚を麻痺させる科学。
そして両親を殺戮する政治。

これら人間を人間たらしめていた
アンシャンレジームの檻から抜け出すためにも、
僕らはこの「止まった時計」の名のもとに
思考を光速度へ加速する必要があるのだ。
この永遠の相の名のもとに現れてくるもの。
それが
新しいブレイン、
新しいボディ、
そして、
新しいソウルを持った未知なる子供たちである。

NOOS LECTURE 2013 IN TOKYO 2013.7.21(SUN)

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